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2006年11月 9日 (木)

多忙な日々そして考える日々

ここ数ヶ月は何かと変化が多く、心地よい刺激の連続で毎日とってもハッピーなんだけど、新しく入ってくることが多すぎてかなりあっぷあっぷでした。

そして、この1週間は公私共々本当に忙しかった。気持ち的にも体力的にも。
寝ても覚めても何かせかされてるようなそわそわした気分でした。
だいたいこの1ヶ月くらい食欲というものがほぼない。
お腹もすかないけど何かと外食の機会が多いので食べる機会には恵まれてる。

きっと、お腹のすく方のエネルギーが今色々行動したり、学んでることの方に向きすぎてるのだと思う。
かなりスペースがもうぎりぎりなので、いい加減新しい情報をどんどん吸収することを控えないとって思うけど、止められない。。。世界がひろがってくのや新しいことを吸収していくことが楽しすぎる。

この1週間は本当に濃厚すぎて先週というか、週末すら何をしたかも思えだせないくらい。
一日30時間くらいあれば、きちんと頭を整理整頓できる時間がもてるのにな。

色々考えさせられる事も多いこの頃だけど、また、おいおいブログにアップしていければいいんだけど。
私は元来、自分の考えとかを書きとめることによって整理するのでメモやら日記やらという手段が必要。
だから、頭がわぁーってなったらとりあえず書く。
そうするとすっともつれた糸がほどけてきたり、新しく気づくことがあったり。気持ちも楽になる。
若かりし頃の日記なんか読むとけっこうおもしろい。あんまかわってないなぁとか。

こんなにいっぱいっぱいなのに、またおもしろそうな本を友達から借りてしまった。

”ブッダの夢”という臨床心理学者で心理療法家の河合隼雄と思想家・中沢新一の対話をまとめた本。

この前に読んでたのが2冊とも村上春樹と河合隼雄の本で、宗教と思想関係だったので色々考えさせられる事も多かった。両方とも、読むのは2度目だったのでけっこう噛み砕いてじっくりよんだかんじ。

宗教というのは以前から興味のある分野。
特に自分が宗教に入るとか、特別な宗教に感心があるかというのではなく、哲学的なことや思想に昔から惹かれるものがあったから、同じ線上にある宗教というのにも関心をもつのは自然な流れ。
特にいまは、人が宗教(いわゆる新興宗教も含め)に惹かれる心理やら宗教と人との関りに興味をそそられる。
そして不思議な事に私の周りにはそういうことについて色々話が出来る人が何人もいる。

こっち(オーストラリア)に住んでいると、宗教というのは全く特殊なものでも特別なものでもなくて、人が生活していく上で当たり前のように軸になっているもののひとつであって、ほとんどの人が何かしらに属している。
特に、オーストラリアは多文化なので人種の違いによって宗教も違ってくるので多種多様。

そして、この国に住んでいる私達はそういったダイバーシティーを受け入れリスペクトして共存している。

日本人は無宗教というのは有名だけれど、以前にもブログで触れたように、日本で生まれ育った私たちには宗教(仏教)があまりにも自然に生活に溶け込んでいると思う。
特に私は仏教徒であります。と唱えなくとも私たちの根底には仏教的な道徳であったり、教訓が染み付いている。それらは生まれ育った中で自然と身についてきたものだと思っている。

日本人=無宗教=信仰心がない。というのはあまりにも浅い見方なのでは。。。と思います。

例えば、悪い事をしたらばちがあたるという発想は仏教的だし、例えこれが神だとあがめていなくても何かというと神頼みなんかしちゃって、神と言う存在をある意味肯定している。
お祝い事や伝統行事をひとつとっても、それらと仏事は関連してることが多い。

そして、新興宗教の多さやそれらが広まっていくことなんかは日本人の性質やら現在の社会の状況が反映されているんでは、と思う。

”ブッダの夢”で中沢新一が禅と日本的霊性についてこんな風な話しをしている。
日常生活の中で仏の教えが、花を活けたり、歩いたり、ものを食べたりしている時に浸透している。これが禅であり、日本的霊性とはそういった歩き方とかおそばの食べ方とか花の活け方とかそういったことにあらわれる、というような。

そして、日本の美・日本人の宗教性とは、
”.........これこそ日本の美だと思った。それは九州の山の中の温泉で、おじいさんが、後姿で素っ裸でこうやって手ぬぐいをさげてすっと立ってる写真でした。”
”肩に当て湯をしながら。このお尻の格好と、この手拭の下げ方。これこそ無理数だ。これこそ美だと僕は思った。”
これが、日本人の宗教性であり、日本的霊性。

なんだか、はっとさせられました。そしてまたもくもくと取り留めなく考えてしまいます。

私たちはすばらしい土地とすばらしい知恵とすばらしい生命力を昔の人々から授かっているわけで、いま私たちはこういった日本の美とか、風化されつつある知恵やら風習なんかをいまひとつ見つめなおしていかないと本当に立ち直れないくらいだめになっちゃうんじゃないかなぁと思う。

ただ、私は希望があるんじゃないかなと思う。
今の世の中の流れが元に帰れ的な方向にむかいはじめてるように感じるのと、人々がやっと気づき始めたんじゃないかな。と。それは特に私たち世代の者や若い人たちに響いてきてる気がする。

そう考えると今やたらと耳にする”ロハス”とか”スローライフ”といった流行ごとも一般的にみんなの意識に浸透していくのでまんざらでもないのかも。

ヨガ、マクロビ、未来食(雑穀料理)、中医学、今は更に地球上や宇宙に存在するエネルギーなんかにも興味があるんだけど、今習ってることや学んでることはどこかでひとつに繋がっているような気がする。

果たしてそういうことがどういう風に世の為になるかはわかんないけど、どこかで実を結ぶんではないかな。と思います。

なんだか、忙しい理由って結局こういうことを考えて頭がいっぱいになってるからなのかも。。。

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