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2006年8月25日 (金)

Oki-Do Diet

昨日は雨がしくしくふり霧の濃い冬空でした。
仕事後は興味を持ち始めた沖道(沖ヨガ)で開いているDiet ワークショップ1回目に行ってきました。

英語の意味でのDietとは食生活、食習慣、食餌療法という意味です。参加者は私を入れて5名、みんなオージーです。(一人香港系のオージー)そして先生は沖ヨガを教えているゆうこさん(本名いずみさん)。
夜6時から8時半(結局終わったの9時過ぎでした)のクラスだったので、仕事を終えてその足で教室のあるセントキルダまでトラムで行きました。お腹が空くと嫌だったので、行きしなりんごとクラッカーをぽりぽり食べて腹ごしらえ。

ワークショップはゆうこさんの自宅件道場で行われ、番茶なんかを頂きながらアットホームにはじまり、ゆうこさんのお話を中心に(もちろん英語)みんなでディスカッションのような感じですすんでいきました。
私はバックグランドが日本人ということもあり、生まれ育った環境や習慣で身についてる東洋的な健康に対する知識や考え方なんかがあるので共感する部分が多かったんだけど、オージーにとってはそれが新鮮であったり、とちょっとした文化の違いなんかを発見するところがあり、へぇーっと感動しました。

感想はというと、なかなか興味深くて終わる頃にはもっと深くしりたいなぁって気持ちに変わっていってました。
やっぱり惹かれるところは、健康、食、マインドっていうのがお互い深い関係にあるっていうのとそれに物理的な要素(例えば住む土地、調理法や食べ方等)とか、文化なんかも絡み合ってるところ。興味深いし、説得力がありました。

(ここからは、興味のある人のみどうぞ。注:ながーくなります!)

第1回目は、簡単にいうとOki Dietとは?ということと、パーソナル(人)においての陰・陽の分類の基本にフォーカスあてて学びました。時間が無くて食べ物の陰・陽まではいけなかったので、それは次回に勉強です。

マクロビオティック( Macrobiotic)や陰・陽の定義についてはここのサイトをどうぞ。レシピもあります。
http://eco.goo.ne.jp/food/recipe/macrobiotic/about.html#first

マクロビとひとくくりに言っても、様々なスタイル、アイデアがあるようです。
例えば、九司マクロビオティックでは、トマト、なす、じゃがいもの3種は摂取してはいけない食べ物になっているんだけど、沖先生の考えは゛食べ物をジャッジしない゛という考えで、これは体によくないから食べてはいけない。。。という見解をもたず、もし私達が調理法やら、それをどのようにどのくらいの量を食べるか等ということをきちんと理解できたのなら、基本的に何を食べてもよいという考えです。(もちろん、食べ物の質は重要です。)



では何故 ”食べ物をジャッジ” するのはよくないかというと、体とマインドの関係のとこに到達します。
この食べ物は体に悪いから食べてはだめ、とか自分には合わない。と思うと頭で食事をするようになってしまいます。

もちろん食べ物アレルギーなんかは別なんだけど、例えばこれは体によくない、合わないって思い摂取を避ければ、摂取したときになんらかの反応が体にでたり。そしてこの食べ物がいいから、とそれを食べつづけて健康になった気分になったり。私も反省すべきところです。
オーストラリアでベジタリアンやオーガニックな人をみてて思うのが、それらを食べてるから体にいいんだと思い込んでいる人が多いような気がします。というのも、ベジタリアンのお店やオーガニックのお店に行くと不健康そうな顔色の人が多かったり、顔つきも神経質そうではつらつとした感じがない人を度々みかけます。
(一般的にこっちの人はそれが正しいと思うと結構極端なので)

沖先生の考えによると、これはいい食べ物、悪い食べ物といいはじめると、全ての食べ物を無意識にジャッジしはじめる恐れがあるので、見解がnarrow(狭く)になり、凝り固まってしまうということを述べています。
要は体もメンタルも食べ物も日々変化しているので、これがいい、悪いとは一定してないということなんです。
もっと体やココロの声を聞いてあげて柔軟な食生活を志しオープンマインドであろうということだと思います。
そしてなにより、食事をおいしく楽しみ、感謝するというのが大切なんだと改めて気付かされました。

だからこそ、正しい正しくないという判断を下すのは時には危険になりうると思う。
何故って自分で測るものさしなんて大抵が偏ってると思うから。これは全体にいえることと思います。
そう思うとオープンマインドであり、柔軟な思考というのはとても重要なことであり、受け入れるということは知識や可能性を広げていく入り口でもあるんだろうと思います。

そして沖道的な食事法では自分を知ること(体やマインドの状態)の重要性も主張されています。例え食べ物の陰・陽を知ったところで、自分の状態が分かっていないと、食べたものが必要な栄養素として消化・吸収され体を満たさないということです。
でも、ここのところばかりに気をとられちゃうとただの頭でっかちになってしまうし、知識だけではなく経験をつまないと見えてこない部分だろうと思います。なかなか難しいのです。

話は戻り、沖ヨガ(沖道)では文化というのにも注意深くフォーカスをあてています。ここの辺りも私が惹かれる部分です。
トランスレーション(翻訳)の難しさなんかもいっていて、例えばmacrobiotic とは、日本語で言う 自然食らしいんですが、マクロビオティックの定義(上記サイト参照)と照らし合わせると、直訳なんてできないわけです。
Macrobioticとはphilosophy(哲学)であって、食がその基本ということなんだけど、イメージが漠然としててぴんとこないし説明するのも難しいけれど、自然食っていわれるとなんとなくしっくりきます。そして、この自然食を直訳すると natural foods (ナチュラルフード)になるんだろうけど、これはなんとなく適当な訳ではないと思う。

言葉っていうのは文化と強く関係しているし変化する生き物なので、そこんとこは難しいと思う。
もし日本語を英語にきれいに翻訳してしまうと、その言葉の意味は理解できたとしても、本来言い伝えようとしているメッセージや言葉のもつパワーなんかも薄れてしまう。という話もワークショップでしました。

そしておもしろいのが、文化単位で異なる物事に対する哲学や思想というのは習う事はできても調整(adjust)したり、変えたり混合させることはできないという考え方。何故ならそれをすることによってクオリティーが失われていってしまうからです。なるほどぉってかんじでした。
ここらへんは日本にだけいたらなかなか見えない部分だと思う。だけど海外生活をしていると肌で感じる部分ではないかなぁって思う。

私が今のところ受ける印象では、沖ヨガ(沖道)はかなり宗教色の強いかんじだなぁって思います。
ヨガ=宗教か?となるとどちらとも言いがたいのだけど、そこにはやっぱり思想があり哲学があり、この沖ヨガをみても人とは、生き方とは、みたいなものを追求しているようなかんじです。
(私は無宗教だけど、私なりの宗教観というのは一応あります。そこんとこはまた書き込みたいと思います)
とまぁ、語り始めたら切りがないんですが、なかなかおもしろいかんじです。何がいいってオープンマインドな所や、自由な考えがいいですね。凝り固まってないところが気持ち良いです。そして、こっちで学ぶことによって違うアイデアや視点をも織り交ぜて考えることができるので、より深く伝わってくるような気がします。

以前にも書いたことがあるかと思うのだけれど、マクロビや雑穀料理を習い始めて私は日本の伝統料理や昔の人の食や保存に対する知恵に感嘆させられっぱなしです。そしてこの頃は昔から言い伝えられていることわざのもつパワーにも驚かされています。それは経験、体験を通して生まれてきているメッセージであったり、教訓で今の現代にも通じています。

今週の土曜日には第2回目のマクロビ料理教室です。今度はどんな刺激をもらえるのか楽しみです!

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